大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所安芸支部 昭和45年(わ)8号 判決 1970年6月09日

主文

被告人を懲役拾月に処する。

未決勾留日数中四拾日を右刑に算入する。

本件公訴事実中昭和四五年二月二六日付起訴状による有価証券偽造、同行使被告事件(当庁昭和四五年(わ)第八号事件)の公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、有限会社影山清松商店(代表取締役影山清松)において経理関係帳簿の記載事務を担当しているものであるが、

第一、同会社名義の小切手を偽造、行使して取引銀行から金員を騙取しようと企て、

(一)  昭和四四年七月二五日安芸市本町二丁目六番一号の右会社事務所において、行使の目的をもつてほしいままに、支払地高知県安芸市株式会社四国銀行安芸支店、振出地安芸市と印刷してある小切手用紙一枚の金額欄にチェックライターで「一万円」、振出日欄にボールペンで「昭和四四年七月二五日」とそれぞれ記入したうえ、その振出人欄に「高知県安芸市本町二丁目六番地有限会社影山清松商店代表取締役影山清松」と刻んだゴム印を押すとともに、その名下に代表者印を押し、もつて同会社振出名義の額面一万円の小切手一通(昭和四五年押第五号の7)を偽造し、同日同所七番一〇号株式会社四国銀行安芸支店において同店窓口係員川口卓也に対し右偽造の小切手を真正に成立したもののように装い、その現金化を依頼して提出行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつてその場で同人から小切手金支払名下に現金一万円の交付をうけてこれを騙取し、

(二)  同年一一月五日右会社事務所において前示同様の小切手用紙一枚の金額欄にチェックライターで「一〇万円」、振出日欄にボールペンで「昭和四四年一一月五日」とそれぞれ記入したうえ、その振出人欄に「高知県安芸市本町二丁目六番地有限会社影山清松商店代表取締役影山清松」と刻んだゴム印を押すとともにその名下に代表者印を押し、もつて同会社振出名義の額面一〇万円の小切手一通(昭和四五年押第五号の8)を偽造し、同日前示四国銀行安芸支店において同店窓口係員川口卓也に対し右偽造の小切手を真正に成立したもののように装い、その現金化を依頼して提出行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつてその場で同人から小切手金支払名下に現金一〇万円の交付をうけてこれを騙取し、

(三)  同月一七日右会社事務所において、行使の目的をもつてほしいままに、前示同様の小切手用紙一枚の金額欄にチェックライターで「五、〇〇〇円」、振出日欄にボールペンで「昭和四四年一一月一七日」とそれぞれ記入したうえ、その振出人欄に「高知県安芸市本町二丁目六番地有限会社影山清松商店代表取締役影山清松」と刻んだゴム印を押すとともにその名下に代表者印を押し、もつて同会社振出名義の額面五、〇〇〇円の小切手一通(昭和四五年押第五号の9)を偽造し、同日前示四国銀行安芸支店において同店窓口係員川口卓也に対し右偽造の小切手を真正に成立したもののように装い、その現金化を依頼して提出行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつてその場で同人から小切手金支払名下に現金五、〇〇〇円の交付をうけてこれを騙取し、

(四)  昭和四五年一月二三日右会社事務所において、行使の目的をもつてほしいままに、前示同様の小切手用紙一枚の金額にチェックライターで「四万五、〇〇〇円」振出日欄にボールペンで「昭和四五年一月二三日」とそれぞれ記入したうえ、その振出人欄に「高知県安芸市本町二丁目六番地有限会社影山清松商店代表取締役影山清松」と刻んだゴム印を押すとともにその名下に代表者印を押し、もつて同会社振出名義の額面四万五〇〇〇円の小切手一通(昭和四五年押第五号の10)を偽造し、同日前示四国銀行安芸支店において同店窓口係員川口卓也に対し右偽造の小切手を真正に成立したもののように装い、その現金化を依頼して提出行使し、同人をしてその旨誤信させ、よつてその場で同人から小切手金支払名下に現金四万五〇〇〇円の交付をうけてこれを騙取し、

第二、昭和四四年一二月二日右会社事務所において、行使の目的をもつてほしいままに、前示同様の小切手用紙一枚の金額欄にチェックライターで「八、〇〇〇円」振出日欄にボールペンで「昭和四四年一二月二日」とそれぞれ記入したうえ、その振出人欄に「高知県安芸市本町二丁目六番地有限会社影山清松商店代表取締役影山清松」と刻んだゴム印を押すとともに、その名下に代表者印を押し、もつて同会社振出名義の額面八、〇〇〇円の小切手一通(昭和四五年押第五号の11)を偽造し、同日高知市西新屋敷三〇番地川島浩靖方において同人に対し右偽造小切手を真正に成立したもののように装つて交付行使し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中、各有価証券偽造の点は刑法第一六二条第一項に、各同行使の点は同法第一六三条第一項に、各詐欺の点は同法第二四六条第一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の(一)ないし(四)の各有価証券の偽造と各同行使およびこれによる各詐欺の間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるから、同法第五四条第一項後段、第一〇条によりそれぞれ一罪としていずれも最も重い偽造有価証券行使罪の刑に従い、判示第二の有価証券の偽造と同行使の間には手段結果の関係があるから同法第五四条第一項後段、第一〇条により一罪として犯情の重い偽造有価証券行使罪の刑に従い、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情の最も重い判示第一の(二)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、なお被告人は、当裁判所が公訴棄却した昭和四五年(わ)第八号事件につき昭和四五年二月一九日以来勾留されているところ、本件(同年(わ)第一一号事件)は同年三月三〇日右事件に併合され、以後右勾留は実質的に本件の審理に利用されているから本件の刑に算入できる未決勾留と解しうるので同法第二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(公訴棄却の理由)

被告人に対する昭和四五年(わ)第八号有価証券偽造、同行使被告事件の起訴状には、公訴事実として冒頭より「被告人は高知市大原町一三三番地、井上荒一方で経理事務をとる傍ら安芸市本町二丁目六番一号に事務所をもつ有限会社影山清松商店の監査役となり同商店の経理事務を担当しているものであるが、右井上荒一所有の現金約八〇万円を横領し、その弁償金の返済に窮した結果約束手形を偽造、行使してこれにあてようと企て云々」とあり、それに続いて有価証券偽造同行使罪の態様、結果などが記載されている。

ところで、この冒頭部分は、被告人の職業、地位、犯罪の動機などにあたるものとみられるが、有価証券偽造、同行使事件の公訴事実に動機の記載は必要不可欠なものといえないうえ、右記載の動機は本件についてせいぜいその遠因をなすにすぎないものである。

しかるに、右記載のうち、特に「……右井上荒一所有の現金約八〇万円を横領し、……」とある部分は、被告人が本件起訴状による公訴犯罪事実以外にも犯罪を犯したものであることを推測させ、その素行が極めて悪いものであるとの印象をあたえることは明らかである。

このように起訴事実またはその犯情に直接関係のない事項であつてしかも裁判官に事実の認定および量刑などにつき予断をいだかせるおそれのある記載は、いわゆる起訴状一本主義を定める刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し、その公訴提起の手続は無効であり、かかる記載のある昭和四五年二月二六日付起訴状による有価証券偽造、同行使事件(当庁昭和四五年(わ)第八号事件)の公訴は同法第三三八条四号により棄却さるべきである。

(井筒宏成)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例